この空の花 - 「長岡映画」製作委員会 この空の花

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映画化の道程(3) 2011年1月号掲載
偶然が重なり映画となる…何か運命を感じさせられますね

■ロケハン 柿川~嘉瀬花火師宅を訪問

尾道らーめん
監督は大のラーメン好き
 12月7日昼過ぎ、大林宣彦監督はプロデューサーの恭子夫人と劇作家・長谷川孝治さんを同伴して長岡駅に到着。出迎え長岡衆の「お帰りなさい」に笑顔で「ただいま」の第一声。今回の来訪目的は映画のシナリオ執筆とロケ予定地の事前調査である。
車にご案内するや、「監督、昼飯は?」「食べてないよ」「それでは、ラーメンと参りますか」「いいねえ」で即直行。実は前回のフェニックス塾講演来訪のお帰り際に、監督の大のラーメン好きを知りながら、新幹線乗車直前になって、長岡ラーメンの美味しさをねっちりと講釈。「何で今頃話すんだよ」と監督の恨み節。したがって仕込みは万全だった訳で(笑)、今回は一等先に長岡の食文化の片鱗をご堪能頂いた。

戦災資料館にて小学生の勉強風景
戦災資料館を訪問
 腹も膨らみ最初に向かったのは、模擬原子爆弾の投下地の記念碑。爆弾投下当時について矢継ぎ早に監督の質問が飛ぶ。それに対応するのは、その筋に詳しいアミーゴ(監督命名)こと星貴さん。次に信濃川の水辺と柿川の空襲当時の面影を残す場を探索。夕暮れに戦災資料館を訪問。上階会議室で小学生が勉強中を暫し見守ったが、生徒の凛とした姿勢が実に心爽やかに響く。監督も未来人の頼もしさにご満悦のご様子。

 その後、「第一回長岡映画製作委員会」にご出席され、冒頭でご挨拶。監督は「皆さん、ただいま」「劇作家の長谷川さんにシナリオをお預けした」と、長谷川さんを紹介し、長谷川さんはシナリオ作成の抱負を語られた。その後の製作委員との懇親会は森長岡市長も途中駆けつけられ、終始盛り上がった。何時にご就寝いただいたのやら…。

第一回「長岡映画」製作委員会

 翌日8日は、雪降る予報が小春日和の晴天。監督は「私は天気の心配はしていませんよ」と。天のお導きというか、運も実力のうちなんでしょうな。さて、この日も精力的に各所を探索。某神社を訪れ、長岡空襲体験者からの情報収集。長生橋付近では撮影時の具体的な要望。左近の土手では大サプライズに遭遇。真新しい新巻鮭の箱に入った「採れたての長岡空襲焼夷弾」に対面。「数日前も出たんだよ」にも唖然。このサプライズはシナリオのひとつになるのかな?

嘉瀬花火師宅
嘉瀬さんのお話に監督も興味津々
 引き続き、嘉瀬花火師宅を訪問。温かいおもてなしに甘えながら嘉瀬花火師の幼少の頃の悪戯話や花火へのこだわり談に監督は興味津々。終始和やかで収穫多き時間を過ごさせていただいた。その後、山本五十六会館に立ち寄り、ホテルに戻ると新聞社の取材を受けた。奇しくも12月8日は日米開戦・真珠湾攻撃の日。監督は「偶然が重なって映画となる。何か運命を感じさせられますね」と語られた。
 翌日9日は「柿川の上から下まで全部見たい」との事で、柿町から順次下りながら川の表情の移り変わりを調査。発見や収穫も多数有。最後に訪れた某神社では「ここで安全祈願祭を」と。そして、15時過ぎの新幹線に乗車。「すぐ帰ってくるよ」と言い残され東京へ向かわれた。

水道タンクから市街地を見渡す

(昼行灯)